平成20-22年度日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究B 課題

「光反応によるイオウ化合物の質量非依存同位体分別に関わる基礎過程の解明」の紹介

 

何を研究するのか? 何故このような研究をしなければならないのか?

 我々の生命活動と地球環境の成り立ちを考える上で、酸素発生型光合成がいつ頃から支配的になり、地球表層を酸化的にしたかは重要な問題です。この数年、その時期とメカニズムを解明しようとする研究が続々と出てきました。その一つの重要な指標として使われているのがイオウの質量非依存同位体分別です。しかしながら、その基礎となるべくはずの化学反応プロセスは全く不明のままです。本研究では同じ化学組成からなる安定同位体の異なる分子の光に対する挙動の違いを明らかにし、光反応における同位体分別の基礎過程を解明することを目標としています。

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もっと興味のある方は、少々難しくなりますが、下記の本研究の背景と目的と構想をお読み下さい。

研究背景:地球の大気に遊離酸素(O2)が富むようになった時期を推定する一つの重要な手段として、イオウの質量に依存しない同位体分別(質量非依存同位体分別,Mass-independent isotope fractionation of sulfur, MIF-S)が最近盛んに研究されている。32S, 33S, 34S, 36Sの4つの安定同位体を持つイオウは通常の化学反応では、質量に依存した同位体分別 (質量依存同位体分別, Mass-dependent isotope fractionation of sulfur, MDF-S)をすることが知られており、デルタ表記 [d3#S={(3#S/32S)試料/(3#S/32S)標準-1}x1000(‰)]された、それぞれのイオウの安定同位体比d33S, d34S, d36Sは d33S=0.515d34S, d36S=1.91d34Sの直線的関係を満たす。これらの直線関係からの偏位が大きいとき、MIF-Sとみなされる。

 24億年以前の堆積岩中の硫化物などに-2〜+8の大きなD33S値が発見され(Farquhar et al., 2000; Ono et al., 2003など)、それ以降の堆積岩には大きなD33S値が見出されないことから(Bekker et al., 2004など)、当時の大気中のSO2が無酸素下で光分解され、大きなMIF-Sが生じたと解釈された。なぜなら、現在までに大きなMIF-Sは実験室内での185nmや193nmなどの紫外線(UV)照射によって得られており、当時の大気が遊離酸素を含んでいないため、これらの短波長UVが地表付近に到達して、SO2がUV照射で分解したと考えられたからである(Farquhar et al., 2001)。最近ではSO2のUV照射で生成した正のD33S値を持った分子状イオウ(S0)がイオウ還元バクテリアによって硫化物を生成したとする始生代における新しい生物活動の探索にも研究が広がっている(Phillippot et al., 2007)。

 しかしながら、このMIF-Sと始生代の大気組成との関係には、まだ不明な点が多い。現在の成層圏由来と考えられる硫酸塩にはD33S=-1〜+1の小さなMIF-Sが観測され(Savarino et al., 2003; Baroni et al., 2007)、ジュラ紀の化石試料に小さいながらもMIF-Sが報告されている(Ono et al., 2006)ほか、我々が研究した大きなMIF-S(D33S=-2〜+8)を持つ約25億年前の西オーストラリアHamersley地域のMount McRae 頁岩では、厚さ約25m層順の中で、D33Sの変動はD33Sが大きくイオウ含有量が低いものとD33Sが小さくイオウ含有量が高いものの2成分の混合で説明され、さらにRb/K比など熱水作用で変化する金属元素存在度と非常に良い相関を持つ(Ohmoto et al., 2006b)。また、例外的に高いイオウ含有量で大きなD33Sの高い試料のZn, Ni含有量が高く、D33Sの分布には熱作用が関わっている可能性もある(Lasaga et al., 2008)。

 また、現在のところUV照射によるイオウの同位体分別機構が全く不明である。実験室内におけるUV照射では一般的に<〜220nmではMIF-Sが生じ、>〜220nmではMIF-Sは見出されないとされているが、実際には低圧水銀灯の輝線(184.9nm)やArFレーザー (193.3nm) などの単色光のUV照射によってのみ大きなMIF-Sが発見されており、紫外線の波長に依存して、同位体比は全く異なった挙動をとり、実際の太陽からの連続紫外線光との対応や波長依存性は謎であり、基本的な光化学プロセスの解明が必要である。

本研究の目的と構想本研究では自然界で見出されるイオウの非質量依存同位体分別(MIF-S)を引き起こす光反応の基礎過程を明らかにすることを全体の目的とする。特に、原始大気に存在していたと考えられているイオウを含んだ二酸化イオウやその光反応で生成する分子状イオウ(S0)、さらには還元化学種である硫化水素(H2S)などの化学種が、安定同位体の異なる化合物(アイソトポマー)間でどのように光化学的特徴が異なるのかを分光学的に詳細に明らかにする。また、現在まで行われていない波長(213nm)も含んだUV照射をSO2に対して行い、波長と同位体分別の依存性を明らかにする。これらの結果から紫外線領域におけるアイソトポマー間における反応性の違いと同位体分別の大きさを定量的に見積もる。その結果を実験で得られている同位体分別の大きさと合わせて考察し、MIF-Sを生み出す光化学反応の本質を理解することが本研究の目的である。本研究の成果は始生代の大気環境のみならず、原始地球大気環境や原始太陽系星雲、星間分子雲などにおける同位体分別や有機物の生成プロセスにも波及する。